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営みの数

2017年 03月22日 08:45 (水)

人の数ほど営みがある。

人だけじゃなく、夜中にひっそりと食料品店の周りをうろつく猫にだって猫なりの営みがある。

すれ違う赤の他人も遠く離れた場所に済む誰かも、よく知る身近な人と同じように生活を繋いでなんとか生きているのだと思うと、今身近に感じる人達と関われない代わりに、そういう無関係な人達と関われる今があったのではないかと奇妙な考え方をしてしまう。

無関係な誰かの生活なんて知る由も無いから、すれ違う瞬間の干渉に難儀な猶予の乏しさや、歩いて地図を埋めるには途方もなく広すぎる世界とか、時間や距離に隔てられた心の壁が不意に未知に対する興味を引き立てることがある。

生き方、働き方、伴う責任や立場、維持すべきもの、こんなにも膨大な数の営みがあって、人知れず辛うじて繋ぎ止められている生活の存在に無関心だった自分自身の無知を顧みる。

自分はちゃんと自分で自分の生き方を選べているだろうか。

どんなことに取り組むにせよ時間は奪われるものだから、自分の人生という限られた時間の使い道について、何に時間を奪われたいのか、何になら時間を奪われてもいいと思えるのか、それを選ばなければならない。

通路の整然さを保つことで速やかな歩行が成り立つように、何か一朝一夕では成し得ない目的の達成を目指すには、地道でも惨めでも維持すべき時間の波を耐え凌いで猶予を広げる必要がある。

極端に言えばすべきことはそれしかなく、どんな道を選ぶにせよ継続する力の源が同じであれば行き着く果ての些細な色の違いくらいしか他に楽しめる要素は無い。

楽をする為だったらどんな苦労も厭わないと言ってはみても、楽観的な見込みから相殺された心労の全てを真に受けることはないし、生活を維持するだけの退屈な日常なんて本当は一日だって耐えられたことは無い。

歪な花の形となった社会の根を突き止め、僅かに逸れた人格の軌道を修正し、今より少しでも過ごし易い世の中であって欲しい。

億劫で取り組めないことがあるなら途中から始められる状態の保存に先ずは取り組み、即戦力になれないなら辞書で言葉の意味を調べるように詳細にして間に合わせるしかない。

営みの数が膨大な規模に及ぶからこそ、一人一人の抑制された能力の解放が世に大きな実益をもたらす採算の改善に他ならないと解釈できる。

技術の普及に用いられる言葉は鋭く研ぎ澄まされた刃のようで、それは人の心を傷つけるのではなく、人の心に繰り返し刻み込み、体に刷り込ませる教訓でなくてはならない。

浅い下積み故に今すぐ対応したくても対応できない惨めな心境の重圧にこそ対応したいのに、避けて怯えて対応の狙いを定められないまま過ぎ去る停滞の日々は際限が無い。

重圧自体に対応するわけじゃなく、その時にどう受け流して、自分に足りないものを補う為に今何をすべきなのかを見失わない平静の装いを保つ機転こそが要求されている。

普段から何気無く当たり前のように維持されている営みの力が礎であり、歩くように、息するように繋がれている基本の力を蔑ろにしないことが掲げた目標を達成に導く為の大きな助力となる。

形骸化してしまった営みの価値、有り難みを今一度取り戻す必要がある。
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