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2017年 03月08日 02:10 (水)

安易な恥の上塗りを避けるためには泥沼の復帰力が欠かせないけど、恥の上塗りで塗り潰せる恥だってあると思う。

小さなことだと思って勢い余らなければ気にするのも億劫で過ぎ去り、気にする間に限り抗う必要に迫られるのだと留意する。

忌まわしい過去は物足りぬ安心から必然的な再訪に至り、時を隔ててそれまでの順調を嘲笑い瓦解させるべく突如その姿を現す。

日を跨いで事情を知らぬ他者を巻き込み取り戻せなくなった過去に安堵する展開を先走って猶予を今に限らせるのは深い古傷を残す行為。

この世で光を浴びるのは完成された結果ばかりだから、日陰で蠢く虫を見るような目で見られる惨めさを誰に理解してもらえるだろうか。

心の傷は癒えなくてもいい、いっそ隅々まで広めてくれ、いつ壊れるかも分からない自尊心を抱えて毎日を過ごすのは心地が悪い。

暴露のタイミングを相手に委ねるから脅され続けて、相手が自分のミスを自分が思う以上に気にしないのは厄介な事態を免れた相応の優位からだ。

刺激せず時間が過ぎるのを待つか、思い切って痛々しい失敗と正面から向き合うか、勝負する時間の長さと短さはどちらでも選べる。

だからこそ重い荷物を背負って平均台の上を進むバランスの悪さみたいに、左右どちらか僅かに傾いただけで慌てて元の均衡を取り戻そうとする。

無差別に、気軽に関われたらいいのに、皆一つに溶け込んでしまえばいいのに、相手の個性も捨てられたらいいのに、それができない。

修正の土台を築き、予め余計な手間を済ませた状態から始められるアドバンテージがあるから、猶予を今に限らせてはいけないという。

無差別に、無造作に、断片的に得られた情報を並び替えて、うんざりするくらいに反復して得られた傾向から対策を練る。

一つのきっかけで多くを学べる必要は無く、多くの試みを繰り返して一つの技術の定着に繰り上げればいい。

そんな下積みの有利は恥辱の軽減にも役に立ち、たまにあるような痛いミスなら翌日には当日ほど気にしたりはできない。

唯一の汚点が際立つのは構築の瓦解を恐れる程に練り上げられた過程があってこそで、試みの数が膨大な規模に及ぶから稀に痛い失敗も呼び寄せるし、粗探しから揚げ足をとられるような汚点を残しても、そうならざるを得なかった自分の弱さを偽る理由は大して無い。

どんなに自分を慰めても、その程度が惨めな根拠を裏付けるならキリがないし、十字架を背負ったような痛みの記憶から目を背けても同じこと。

失態、醜態、落ち度、何とでも言えるけど、最も大きな失敗はその唯一の失態が際立つ位に自分の好ましい部分だけを露にしてきた見栄の張り方にあるのではないだろうか。

自分の実力を、自分の身の丈を、視野の狭さを偽るようになったのは一体いつからだろう。

順調に事を運べるようになった手際に自惚れて、失態だとか汚点だとか自分で自分を買い被る認識こそ間違いだったと悔い改めるべきなのかもしれない。

それが一番楽だから、罪の意識なんて背負えないから、同じ失敗を繰り返したって決して自信を失わない強靭な、脆弱な精神力が欲しい。

どうして実際にあるかどうかも分からない瞬間に怯えて当たり前にできることもできなくなるのか、対応できないような辻褄の痛みに対応したくて自ら引き寄せる痛みなのだろう。
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