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辛辣な物言い

2017年 01月06日 12:57 (金)

風通しの悪さという表現が象徴するのは独り善がりに偏り募らせた負担の苦しみであり、強がって見栄を張っても自己犠牲の献身から脆弱な身の丈を蔑ろにされた事実上の過程までは誤魔化せない。

なんで自分だけこんな苦しい思いを、耐え難い重圧を強いられるのかと、周囲の人間に対する妬みや羨み、憎しみの感情を潜在的に芽生えさせる。

負担の偏りや重圧を疎ましく思っても、そうした立場において要求される技能や経験を分け与えることさえ容易に叶わないと思うのは、自身が苦労して獲得した立場を安易に譲れない気持ちからか、即戦力の辻褄に合わせて動くべき組織の慣習からか、一筋縄ではいかない動機が見え隠れしている。

そうした風通しの悪さから生じる憎しみの対象は大勢に該当するはずなのに、大勢に当てられるべき憎しみの感情は大抵目先の一人に集中して注がれる傾向にある。

だから口調は辛辣な表現として受け取られるし、図らずも目先の一人に委ね偏らせる憎しみの膨張が妥当ではなく、理不尽で後ろめたい行為だとは薄々気付いてはいる。

そんな心の奥底で覚える罪悪感があっても、虐げられた自分の立場の惨めさを代弁するメッセンジャーに仕立てあげられるなら、そうした意図を汲んで拡散してくれる人間がいるならと、あわよくば目先の一人に憎悪の念を集中させて偏りの改善を促すきっかけを作り、信用や期待の裏返しなんて都合の良い言い回しから言葉で伝えようともしないで無茶苦茶な希望を託そうとする場合もある。

大勢を対象とする辛辣な物言いは人一人分の身の丈に収まるべくもなく、世に蔓延る悪態の類いが過剰に自尊心を傷つける側面を潜ませている以上、こうした事態を見過ごしたままでいいのだろうかと思う。

最早よくある事態だと片付けて済ませられる問題でもなく、人の脆弱な身の丈を脅かす行為だと認識を改めて、耐え難くて殺意を煽りかねない負担の蓄積ならば半ば自暴自棄の心中紛いな行為だと顧みて、過激な言動か否かの線引きを明確にする必要がある。

よく過激な行為という表現が使われるけど、百年の寿命で老衰に至る人体が飲まず食わずで容易に飢え死に、或いは脆く重要な臓器が僅かに損傷しただけでも体の自由が奪われるような、常に死と隣り合わせの立場にあって普段と異なる言動に傾くことが、どれだけ間近に死を寄せ付けることになるのか。

過激という表現からは、いかに死が近づく頻度を平和によって隔てられているかが見て取れる。

下手すれば夥しい殺意の応酬に発展しかねない無神経な言動を耐え忍ぶままに放置してきた世の中の常識なんて、無秩序な戦争状態と本質的に似通った点は見出だせても決定的な違いと呼べるのは問題の規模くらいでしかない。

だからこそ、安易に自尊心を傷つけ合う言動に傾かずに、負担の偏りを解消して現状の秩序を改める為の新たな道を模索しなければならないのだろう。
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