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買い物

2017年 01月05日 05:17 (木)

ちょっとした日用品の買い物をする時、思い出すことがある。

まだ小学校にも上がっていない幼い頃、保育園のイベントでバザーのような催し物があった。

商品は園児一人一人の手作りで、粘土細工の魚のネックレスとかチラシを丸めた細身の剣とかがテーブルの上に並べられていた。

厚紙で作ったコインをお金に見立てて、限られたお金で手に入る僅かな数量の商品を後悔の無いように慎重に選んだ。

手持ちのお金で全ての商品を買い集めることはできないから、手に入らないものよりも手に入るものの価値を高めることが大事だった。

誰が作ったのかも分からない作品を気に入って、所持する厚紙のコインと交換して、そうして成立した初めての買い物は、本当に必要な何かを選び取る感性を養わせてくれた気がする。

みんなが作って、みんなが買い手になるから、作る側の苦労も漫然と蔑ろにはできず、自分が作った何かと同じくらい誰かが作った作品にも一生懸命さが伝わっている気がした。

同等の対価で交換を無事に済ませられた時、その値段や数量の規模が大きくなるほど、割に合わない売買で深い悔恨を残す事態を免れた事実に安堵する。

買い物カゴの中に積まれた商品の対価を支払い、双方の利害の一致を果たして何事もなく安穏と過ごせる何気無さがいつだって生活を支えてきた。

お金を渡して欲しいものや必要なものを手に入れる交換の行為には、嘗ての保育園のイベントみたいに、もっと平和に、対等に、負い目無く、買い手と売り手の双方の心を満たすような関係に基づいて取り組みたい。

そんな姿勢を忘れずに育めたら、きっと無尽蔵の欲に振り回されることもなく、多くを求めないで慎ましく過ごせるようになると思うから。

お金の極端な過不足で大事なものの価値を見失う一喜一憂に身も心も委ね続けるのは、正直とても際限がなくて、いたたまれない。
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