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今の力

2017年 02月23日 02:06 (木)

何かいい記録を出したい時、その大一番の取り組みに伴う重圧が億劫で尻込みし、普段やってる練習に戻って安心してしまうことがある。

対処に有効な傾向を得ようとする行為に間違いはなくとも、練習は膨大な繰り返しを要する見込みから余計な配分を強いられ、ここぞという時に必要な集中力を発揮できない辻褄から、結果として際限無く安易な失敗に時間を割いてしまう。

結果の出し方や群の抜き方があるとしたら、処理の対象を狭めて配分の網羅を改め、言い訳が利かない程に条件を緩くすることで引き出せる鋭敏な集中力の発揮が不可欠となる。

そもそも必要以上に持続し難く、不慣れな他者を巻き込み下積みの差を思い知らせるには自分が最大限の能力を発揮し得る為の有利な時間制限を設ける必要がある。

それ以上鋭敏な集中力を発揮できない事実は決して他者に悟られず、有利な時間だけを切り取って相手に反撃や対策の猶予を与えない狡猾さが勝敗を際立たせている。

ありふれた基本を緻密に制御する億劫な短期決戦の恐さは、到底長続きできないような辻褄の鋭敏な集中力を常に不自由無く発揮しようとしてしまう点にある。

重圧から逃げるように練習に没頭するものかと思ったが、実際は安易な配分を促す膨大な時間規模が、僅かな間で済ますべき鋭敏な集中力の発揮を億劫にさせているだけなのかもしれない。

時間制限された取り組みに身を置いて奇しくも時間的な負担を短縮し、余計な手間の配分を免れて目先の専念すべき問題の対処に還元できる事実は人によっては受け入れ難い道理となる。

限られた猶予の窮地に身を置けば、必要に迫られて引き上げられる力の自覚が、まるで嘘みたいに今まで取り組めなかった対策や準備を滞りなく済ませてくれる。

いつでも晒せる、いつ晒してもいい、自分で発揮のタイミングを選べる、新たに人に晒すだけで報われるべきだからこそ既に完了された下積みの意義が確かめられるのであって、何度練習を繰り返そうと本番で不自由無く発揮できなければ一度もやったことのない取り組みに従事しているのと大して変わらない。

配分の網羅を免れて発揮できる鋭敏な集中力の最小単位は今の力であり、集中のタイミングを今この時、目先の細部に限らせることによって初めて繋がる基本の力がある。

当てるべきを当て、避けるべきを避け、僅か一ミリの誤差も妥協しないような集中力の発揮こそが基本を遵守するということであり、その他一切を意に介さぬ程の時間の割き方、注ぎ方を確保する為に、整えるべきを整えて気がかりな点を予め排除しておく必要がある。

長持ちしないはずの集中力がいつでも不自由無く発揮できているように思えるのは、発揮に有利な周期ないし頻度を設け、不慣れな他者を巻き込みながら都合よく勝ち負けを操作できるからなのだろう。

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2017年 02月18日 06:50 (土)

強さは、周りを塵にする。

小さなことに勢い余る。

力を持て余している。

塵に費やしたら、長持ちはしない。

常に負け続けている。

折角の力も発揮できなければ無力。

力を伝えられる対象が無い。

正しさの手応えを得られない。

人は生きる限り戦い続ける戦士。

勝っては戦い、負けては戦う。

戦い続ける。

強くなったと思えば、周りは弱く見える。

だから時間を割けない。

負けてしまうから。

そんな動機が至る所にある。

蔑ろにしてしまう。

その間は勝ち続けられる。

やがてすべからく、敗北の周期は訪れる。

それが消耗採算。

継続を損なわせる断念の根拠。

勝ち越し、負け越し、なお戦い続ける。

戦い続けるだけの日々。

何を以て戦いの象徴とする?

何を以て戦いを成就させる?

詰まらないものに時間は割けない。

気を遣ってなんかいられない。

力を振るわざるを得ない。

それを、なんとなくやっている。

こんなのが戦いの正体?

採算に弄ばれている。

押し寄せる波の一端。

その捌き方一つで実力が割れる。

自分の出る幕では無いと思っている。

取るに足らない役不足だと思っている。

ゴミ箱がゴミで溢れるのを待つみたいに。

最大限の効果に拘る心。

基礎は何処に?

多く在り過ぎて蔑ろにしてしまう。

安易に流れ去ってしまう。

基礎はその中の僅か一つ。

その一つの中にこそ在る。

人の心と、仕組みと、有り様を見る。

無神経に拳を振るわない。

満たされぬ心は無尽蔵の鋭さを生む。

これなら取り組める。

そう思える安易を選択すべきだ。

力をかき集めて、絞り出して。

満たされぬ心、飽くなき力。

その全てを一点に注ぎ込む。

言い訳できぬ取り組み。

それが基礎の力。

最も手前に欲しくて奥に在るもの。

遠くにあって、近くに在るもの。

腑に落ちない決まり事。

当たり前のことを当たり前にする。

残り僅かな落ち度を、そこで拾う。

答え?

どこにあるわけでもない。

自分で作るしかない?

戦いの意味、戦いの行方。

漫然と戦ってはいけない理由。

僅かな角度の変化で大きく振れる感情。

天秤のように揺り動かされる不均衡。

行ったり来たりしている。

いつから人が人を仕切るようになったのか。

篩にかけ、選ぶようになったのだろう。

仕方がないから淘汰する。

仕方がないから懲罰する。

仕方がないから侵略する。

薬で一時的に症状を誤魔化すみたいに。

治せないから仕方ないのだろうか。

このままでいたくないと思う気持ち。

それすら勝ち負けの道理なのに。

持て余して損したくないだけで。

勝った負けた、勝った負けた。

つりあわない天秤みたいに。

均衡を求めて実現する行為も勝利に等しい。

飽きたらまた戦うのだろう?

戦場を煽り、かき乱すのだろう。

本当に何もすることが無いのか。

何か出来ることは無いのか。

飽きて遊んで行ったり来たり。

変わらない真実。

覆い隠される真実。

表に現れる真実。

人の悪は変わらない。

世界も変わらない。

表立つ側面が変わるだけ。

目を背けたくなるような人の残酷。

悪の心を認めて、踏まえて。

みんな同じ人間だから。

境遇が違うだけだから。

自分のことで精一杯。

自分さえよければいい。

どれだけ出し抜けるか。

目を背けたら変えられない。

際立つ面を変えるだけでいい。

人の悪も世界の真実。

微動だにしない不動の感性。

思いやりの心?

人の弱さは人を狡猾にする。

救済に値しない?

切羽詰まった人の本性。

素の在り方。

当然の成り行き。

脆弱な身の丈。

その傾向を得て、対策を練る。

割くべき時間の普遍性。

身の丈の献身を蔑ろにされる動機。

至る所に在る。

作ろうと思えばいくらでも作れる。

怯えるから隔てる。

怯えるから繋がらない。

対応すべき類稀な頻度に。

いつまでも、繋がらない。

やがては慣れて、やがては飽きて。

いつか物足りなくなるだろう。

人の素性を利用するのだ。

揺り動かされる人の感性を。

緻密な制御を要する難儀ならば。

その脆弱性こそ顧みるべき弱さ。

僻みの共感、闇も入り用。

悪を諫め、戒め、慰める。

人格を制御しても無くならない。

悪しき側面は影に身を潜めるだけ。

正義?悪?本当の強さって何だろう。

変わらないことが、変われる強さ?

ありのままの、脆弱で無力な自分。

故に強靭、故に長引く。

人の弱さの裏の、根強い強さ。

やり方を変えない不変の自信。

不信は自信の現れ、妨げ。

まだ自信を持ってるから。

安易に譲れない頑なな芯を通わせる。

確固たる信念?

人が優しさを覆い隠す理由。

損なわせたくないから。

際立たせたいから。

蔑ろにされたくないから。

ありふれていると思われたくない。

人の強さと弱さは表裏一体。

同じ芯を共有している。

だから変えようとして遠ざかる。

揺り動かすべき強固な芯。

人の心を支える柱であれ。

変える必要なんて、無い。

白紙

2017年 02月11日 19:40 (土)

上手く絵が描けない。

厳かな線が引けない。

心を削るような動きの鈍さ。

だから軽く済ませる。

いい加減に済ませる。

数十枚の白紙が重なったメモ帳。

惜しみ無く消耗する。

相変わらず、いい加減なばかり。

対象を絞り込み、細部に拘る。

これなら描ける。

目を背けていた細かさ。

完成に拘り、蔑ろにしていた細かさ。

ほんの数ミリの線だって油断しない。

全体という幅広さ。

奪われる猶予。

あたりをつけよう。

それが修正の土台。

曖昧な外枠。

何度も何度も確かめる。

得られた細部は汎用性。

状況に応じて使い分けられる道具。

下手な画力。

白紙を捌け口に放り出す。

何枚も消費されていく白紙。

染み込ませ、絡め取る。

今しかない耐え忍ぶ時。

だから濃密な時間を過ごそう。

少しでも多くの失敗を寄り集める。

短い時間に集めて、切り離せばいい。

詰め込むほど、敵の採算を挫ける。

失敗の身代わりとしての白紙の重なり。

いい加減に描いては切り離し、繰り返す。

メモ帳のように連なった白紙の重なり。

何度も、何枚も、描き進める。

紙を無駄に消耗する後ろめたさ?

埒が明かない不安?

それでも先に進む。

崩れていく何か。

犠牲?

確かに感じた何か。

拾える感覚の欠片。

こうやって言葉で引き寄せるしかない。

少しずつ、日を跨ぎなからでも。

メモ帳の消費。

当初はそんな使い方はしてなかった。

いきなり上手い絵が描きたかった。

少しでも上手く描きたかった。

描きたい絵すら定かでないのに。

いつから?どうして?

あっ、ほら上手く描けた。

これを使い回そう。

たまにこういうのがある。

それも消費されたうちの一枚。

でも分からない、まだ拾えない。

既に確かに過ぎ去った感覚なのに。

もしかして、この数十枚の失敗。

自分の中に蓄えられられたもの?

だから表に現れるのか。

でなければ失敗はどこからやって来る?

白紙が無ければ内に留まるだけか。

まるで自分自身を印刷する用紙だ。

無数の失敗を写し出している。

不完全なままではいけない。

不良品を製造し続けるだけだぞ。

白紙は拙い自分を写し出す鏡。

だから確かめられる。

どこが悪いのかを。

何を直すべきなのかを。

でも、まだ何か足りない。

猶予?猶予の乏しさ?違う。

良くも悪くも流れ去る。

写し出し、削ぎ取られ、無くなっていく。

空中に霧散して、無くなっていく。

白紙に残された線じゃない。

嘗ての自分のようなものが。

失われていく。

何回も、何千回でも。

失敗の数だけ、取るに足らない自分がいる。

膨大な数の、未熟な自分がいる。

ならば自分って何?

個性って何?

個を捨てれば個性が際立つの?

相も変わらず皮肉な辻褄。

個が紙面に溶け込み、無へと帰す。

究極の基本の力。

穏やかで軽やかな無心。

無呼吸のような呼吸。

感覚を拾って、言葉に興す。

まだ拾いきれていない。

常に答えが欲しい。

あの時に拾った感覚は試し刷りに近い。

身代わりの意味合いが強かったはず。

少し線を書く度にめくられる紙面。

書いては流れ、書いては流れていく。

そうじゃない、やり直し。

まるでそう言われているみたいに。

書いたものは直ぐ過ぎ去っていく。

自ら描き進めるものだと思っていた。

少しずつ、岩を削るように。

なのに新しい白紙の面が現れる。

導かれるように絶え間無く。

完成の紙面がすげ替えられる。

身代わりになってくれている。

そう。

一枚一枚が渾身の一枚になるはずだった。

なのに、この使われ方はどうだ。

インクを拭き取る布巾みたいだ。

汚い自分を絡め取ってくれている。

最初は目の前の一枚しか見えなかった。

書き流していくうちにメモ帳を連想した。

こんなにも猶予の数がある。

自分の身代わりになってくれるものが。

書くことで猶予を広げられた。

めくることで強張りは解かれた。

猶予を今に限らせるという落ち度。

阻まれた時の経過。

これかもしれない。

これに違いない。

拾いきれなかった感覚の欠片。

緊張の必然。

今が今しかないのは、猶予も同じ。

限らせるから、欲しがるんだ。

手に入らないから、欲しがるんだ。

欲求の壁を克服しろ。

制御するんだ。

勝つのが当然の感覚。

手に入れているから、渇望しない。

凍った時を振動の炎で溶かせ。

一歩でも多く前に進むんだ。

立ち止まったら身動きが取れない。

猶予の氷を溶かすか否かは自分の意思。

自分にしか選べない所以だ。

チャンスは自分で自分に与えるんだ。

周りなんかに寄り掛かれない。

だからせめて、後悔の無い道を選ぼう。

人生の猶予は限られている。

必然

2017年 02月07日 21:45 (火)

あとどのくらいで終わるだろう。

確かめても仕方ないことを確かめる。

どうせ直ぐには終わらないのに。

自ら身の丈の超過を引き寄せる。

そこでようやく気づける事実がある。

焦ってしまうのは仕方ないのだと。

焦らないで済んだ時間の方が長いから。

焦りとは猶予の乏しさに対する嫌悪感。

だから焦らないよう気を配る。

一度だって焦っちゃいけない。

一度だって焦っちゃいけない?

一度くらい、いいじゃないか。

どうして、そう思うと思う?

焦燥を疎ましく思う気持ち。

その気持ちを根拠にしたから。

猶予の乏しさが疎ましいから。

しくじらずには、いられない。

一度限りで済ませようとしない。

今、目の前の焦燥だけじゃない。

一纏まりの時間が、一つの焦燥。

時間の蓄積によって表立つ焦燥。

一度もしくじれない猶予の乏しさ。

一度しかないという猶予の乏しさ。

出会い頭の交通事故。

必然的な事態。

結び付く果て。

根拠の裏目。

焦燥の周期。

まるで、言葉の呪縛

一つずつ解いていかなきゃ。

焦燥を免れ続けるという焦燥。

あとどのくらいで終わるだろう。

憎しみの浸透圧

2017年 02月05日 16:39 (日)

水分が塩分濃度の高い方へ吸い寄せられる現象は浸透圧と呼ばれ、学校の理科の授業で習った中でも一際印象深い道理だった。

もう少し調べてみたら、実際には半透膜と呼ばれる小さい穴つきのフィルターを隔てて両側を自由に行き来する水の粒子が、片側から通る穴を塞ぐ塩の粒子に阻まれて逆側から一方通行に流れる様子からそう見えるらしい。

人が加害者の気持ちに共感し、被害者の気持ちを忘れて身の丈に合わない負担を移し替えるようになる様相もこれに似ていると思った。

特に親と子の関係に象徴され、大人になって親の大変さが解るといった言動からは競争社会で満足に子を導けない親の不甲斐なさを許して同じ問題を繰り返し先送りにせざるを得ない建前の辻褄が窺える。

子供の時に納得できないことがあっても、大人になって親を取り巻く環境に自分自身も身を置けたことで親の気持ちを理解し、自分の子供も同じように直ぐには自分の立場を理解できなくても、いつかは解ってくれると期待して言葉に表さず独り理解を得られぬ苦しみを募らせる。

嘗ては同じ立場の子供だった自分が、一体どうして大人になって親の立場になって、子供の立場に立って考えられなくなるのだろうか。

競争に敗れ、境遇の利が際立ち、無責任に産み落とした親の向こう見ずを呪って許せなかった不甲斐なさが、次の子供に継承されていく。

被害者の憎しみは加害者のほうには移らずに新たな被害者のほうへ吸い寄せられ、追い詰められて余裕を失った加害者の気持ちに共感し、理解し、赦してしまうことで問題を完結させる。

ならば復讐こそ正しいのだろうか。

二度と同じ過ちを繰り返してはいけない客観的な立場に基づいて被害者が加害者の立場に寄り添い、結果として新たな被害者を生み出してしまうなら、復讐を避けても新たな復讐の火種を蒔いて根本的な問題の解決にはならない気がする。

自分だけ加害者の罪を赦しても、その客観性を伝播する術を持たなければ、悪の人格に傾いた人の気持ちに寄り添い原因を突き止めた所で自分と同じ苦しみに苛まれる人は後を絶たず、復讐を踏み留まった身の丈の献身も十全には報われないことになる。

人と人を隔てる膜がどちらか一方に負荷を偏らせるなら、そんな仕切りは外してしまえばいい。

親も子も、善も悪も、被害者も加害者も、安易に括られた枠組みを取り払って、分け隔ての無い『人』の在り方を見つめ直す必要がある。

水の粒子の自由な行き来が阻まれず、見た目上変化の無い状態では浸透圧は働いていないという。

膜を取り払い、粒の荒さを均等に、負荷の過不足を補い合う関係を構築してこそ、所属や肩書きに縛られない『人』としての姿を思い出すきっかけになる。

2017年 02月01日 11:07 (水)

液体を供給するポンプの構造と時計の針はどこか似ている。

管を伝い、積み重ねながら送り出して必要な移動距離に達する堆積輸送の構造が、一定の周期で繰り上がる時間の単位に似ている気がする。

時間は60秒で1分に繰り上がり、60分で1時間に繰り上がる。

大きい単位の僅かな動きの為に、秒針は忙しなく歩み続ける。

長い時間を費やした割にほんのちょっとしか進歩が無いと思う時も、これと同じなんだろうか。

ポンプが液を送り出す経過に伴って繰り上がる単位は重量であり、単位の区別を取り除いて考えれば秒針は延々と無尽蔵に時を流し込み蓄積させる。

一つ上の単位に繰り上がり再び一から蓄積し直す時間の流れは、周期を持たない液体の流動のように次から次へと送り込まれる絶え間無さを当初は感じさせなかった。

一方で、そんな液体の流動が重量の単位という概念によって一定の経過で繰り上がる周期を手に入れた事実は時計の秒針と性質を等しくして相反している。

周期を持つか持たざるかは、留まって欲しい時が否応なく過ぎ去る無情さと、一定の周期を満たすまでの長い経過と僅かな進歩という、人が時間に対して感じ得る二つの煩わしさを象徴しているように思える。

長い時間の献身と達成に要する猶予の乏しさが常に人を追い詰めてきた焦燥の側面ならば、自在に時を操るように時間の使い方を改める裁量こそが達成の構想に欠かせない要件となる。
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